沖縄テクスファームというのは本当に小さな会社です。昔はCMと言えば広告代理店が作るのが当たり前でしたし、広告代理店じゃないとできないことが沢山あったのですが、今はそんなこともありません。同じレベルのものは簡単に作れます。広告代理店じゃないとできないことと言うのは放送局の波料くらいじゃないでしょうか?しかも今の不況下このままいけば企業の広告予算というのは削減されていくのは目に見えています。そうなってくると僕等のような小さな企画の会社でも勝負できる状況になってくるはずだと僕は思っています。まあ一筋縄にはいかないでしょうが…。企業の予算が削減されるということは広告代理店に払う予算が少なくなるということです。広告代理店はその中から広告代理店のマージン、人件費などを引いて制作的な要素は外部に発注する形です。人の多い広告代理店は会社の運営にもお金は掛かります。会社の家賃でもそうですし、人件費も人が多ければ多いほど必要になりますし、いちいちお金が掛かります。なので必然的に利益を大きくしないと行けない状況になってきます。そうなってくると制作に使える予算というのは限られてきます。その制作する人というのは放送局のように代理店権で守られている訳ではないので誰が仕事を発注しても基本的には売り上げになる仕事はやってくれるのは当たり前です。放送局に僕等が「CMを流したいんですけど、枠をください」と言っても代理店権というもので一筋縄にはいきませんが、制作会社にそういった独占権は殆ど存在しないので良いものを作ろうと思えば作れる環境はあるわけです。なので波料意外ならば勝負はできるということになります。あと予算的なものも小さな会社は人件費などの会社の運営費にかかる予算が少なく押さえることができるので、制作に使えるお金が増やせるので、凝ったことも、いい製作陣を手配することも可能になるので、こちらの考えるアイデアも更によくなると思っています。
なので小さな企画の会社も未来があるかと言えば未来はあるように思います。
2010年12月29日水曜日
2010年12月22日水曜日
沖縄美少女図鑑
ご存知の通り、沖縄テクスファームは沖縄美少女図鑑の発行元です。美少女図鑑とはなんぞや?ということですが、知らない人はwikiでも検索してみてください。
この美少女図鑑というのは現在46都道府県で発行されている訳なのですが、各発行元によって考え方も違います。本当に色んな考えがあるものだと驚くほどです。そんなことをやっても意味があるのかな?という企画も沢山あるものなんです。もちろん何が正しいのかは分かりませんのであれですが、僕個人的にはあまり派手な展開を求めていません。何でもかんでもコラボ、コラボというのはあまりにも芸が無いように思いますし、寿命も短くなり、コラボが連発して行くのは価値も下げますし、大体駄目になるパターンの典型だと僕は思っています。なのでコラボをする場合は必要以上に考えて進めるべきことだと思います。個人的には年に一本あるかないかでいいですし、【美少女図鑑の使い方】というのは他のところにあると思います。コラボを増やして行くことは僕の中では間違った【美少女図鑑の使い方】だと思うのです。僕の考える【美少女図鑑の正しい使い方】というのはやっぱり、美少女図鑑を発行している会社らしいと思える、全く新しいアイデアの入った美少女図鑑以外のコンテンツだを創造して行くことだと思います。「美少女図鑑のコラボで別冊を出しました!」というのは誰でも考えられることで、美少女図鑑の話題を知った人が、お金の為に利用して、消費してゆくわけですが、広告代理店とかはそれが仕事なので、話題のコンテンツがあれば利用しようとするのも当たり前ですし何も悪いことではないと思います。けれども発行元というのは、消費をする立場ではなくてコンテンツのブランド力を守る立場だと思っています。なので大事に取り扱うのが筋だとも思っています。発行側が何でもかんでもバナナの叩き売りのようにコンテンツを投げ出すのは、最終的には自分の首を絞めると思いますし、美少女図鑑を発行しながら何も新しい動きを考えきれない会社は前に進めない会社のように思います。やっぱり美少女図鑑を発行している会社は美少女図鑑以上の面白いコンテンツを考えれる会社であって欲しいですね、僕はそう思っていますし、沖縄美少女図鑑は沖縄美少女図鑑として独立した媒体として継続させたいですし、沖縄美少女図鑑とは全く違った新しいコンテンツを提供できなければ僕は働く意味もないと思っていますから、頑張って考えないと!
この美少女図鑑というのは現在46都道府県で発行されている訳なのですが、各発行元によって考え方も違います。本当に色んな考えがあるものだと驚くほどです。そんなことをやっても意味があるのかな?という企画も沢山あるものなんです。もちろん何が正しいのかは分かりませんのであれですが、僕個人的にはあまり派手な展開を求めていません。何でもかんでもコラボ、コラボというのはあまりにも芸が無いように思いますし、寿命も短くなり、コラボが連発して行くのは価値も下げますし、大体駄目になるパターンの典型だと僕は思っています。なのでコラボをする場合は必要以上に考えて進めるべきことだと思います。個人的には年に一本あるかないかでいいですし、【美少女図鑑の使い方】というのは他のところにあると思います。コラボを増やして行くことは僕の中では間違った【美少女図鑑の使い方】だと思うのです。僕の考える【美少女図鑑の正しい使い方】というのはやっぱり、美少女図鑑を発行している会社らしいと思える、全く新しいアイデアの入った美少女図鑑以外のコンテンツだを創造して行くことだと思います。「美少女図鑑のコラボで別冊を出しました!」というのは誰でも考えられることで、美少女図鑑の話題を知った人が、お金の為に利用して、消費してゆくわけですが、広告代理店とかはそれが仕事なので、話題のコンテンツがあれば利用しようとするのも当たり前ですし何も悪いことではないと思います。けれども発行元というのは、消費をする立場ではなくてコンテンツのブランド力を守る立場だと思っています。なので大事に取り扱うのが筋だとも思っています。発行側が何でもかんでもバナナの叩き売りのようにコンテンツを投げ出すのは、最終的には自分の首を絞めると思いますし、美少女図鑑を発行しながら何も新しい動きを考えきれない会社は前に進めない会社のように思います。やっぱり美少女図鑑を発行している会社は美少女図鑑以上の面白いコンテンツを考えれる会社であって欲しいですね、僕はそう思っていますし、沖縄美少女図鑑は沖縄美少女図鑑として独立した媒体として継続させたいですし、沖縄美少女図鑑とは全く違った新しいコンテンツを提供できなければ僕は働く意味もないと思っていますから、頑張って考えないと!
2010年12月14日火曜日
2010年12月13日月曜日
指先文化
今日フリーペーパーを作りたいという若人が会社に来ました。まだ何もやったことなく、何からしたらいいのかも分からないので話が聞きたいということでした。基本的に僕はこういう話は受けるのです。若い人が何を考えているのかも分かるので、僕にとっても良い勉強になります。
ちなみに僕の場合は今のような仕事は初めてです。はっきり言えば今の仕事に関しては未経験でした。写真も撮ったことないですし、デザインも編集もしたことありません。広告の仕事もしたことないですし、女の子のプロデュースもしたことありません。「どうやってやったんですか?」と聞かれることがあるのですが、とにかく「こうしたらできるんじゃないか?」と言うことばかり考えていました。多分こうすれないいんじゃないだろうか?僕のやりやすいのはこうだな?とか、とにかく考えることはタダなので沢山考えただけなんです。今の人は考えることが面倒だと言います。でもとにかく考えて、少しずつ先を想像して行けば意外に何でもできるような気がしますよ。
僕は今の時代を「指先文化」と言います。どういうことかと言えば、大体のことは指先で完結してしまうので、考えない時代になったのだと思います。パソコンでもそうですし、漢字
に変換するときも勝手に変換してくれますし、iphoneなんて指先でサクサクしとけば何となくクリエイティブな気分になれたり満足するわけですけど、自分からは何も生み出せない環境が今の時代にはあるように思います。たぶん何かを生み出したり作ったりするのは、指先に頼らないやり方で、根本は考えるという脳の力をどれだけ使うかだと思います。僕の知り合いが「脳に汗をかく」と言っていましたが、多分当たってますね。
考えることができなくなるというのは人間の退化だと思ってますよ。
ちなみに僕の場合は今のような仕事は初めてです。はっきり言えば今の仕事に関しては未経験でした。写真も撮ったことないですし、デザインも編集もしたことありません。広告の仕事もしたことないですし、女の子のプロデュースもしたことありません。「どうやってやったんですか?」と聞かれることがあるのですが、とにかく「こうしたらできるんじゃないか?」と言うことばかり考えていました。多分こうすれないいんじゃないだろうか?僕のやりやすいのはこうだな?とか、とにかく考えることはタダなので沢山考えただけなんです。今の人は考えることが面倒だと言います。でもとにかく考えて、少しずつ先を想像して行けば意外に何でもできるような気がしますよ。
僕は今の時代を「指先文化」と言います。どういうことかと言えば、大体のことは指先で完結してしまうので、考えない時代になったのだと思います。パソコンでもそうですし、漢字
に変換するときも勝手に変換してくれますし、iphoneなんて指先でサクサクしとけば何となくクリエイティブな気分になれたり満足するわけですけど、自分からは何も生み出せない環境が今の時代にはあるように思います。たぶん何かを生み出したり作ったりするのは、指先に頼らないやり方で、根本は考えるという脳の力をどれだけ使うかだと思います。僕の知り合いが「脳に汗をかく」と言っていましたが、多分当たってますね。
考えることができなくなるというのは人間の退化だと思ってますよ。
2010年12月12日日曜日
国際通りの看板
少し前ですが、国際通り那覇OPA横にウィルコム沖縄の看板を出しました。デザインはヒガリノが横たわって手にしている看板です。この看板はどのような経緯でできたのかと言いますと、あのころウィルコムという会社が経営関係で色々とあり、その中で「ウィルコム沖縄は元気だぞ!」というメッセージを与える看板を作ろうという企画でした。始めは笑っているヒガリノとサービス内容を伝えるデザインで作る予定でしたが
もっと安心感を出すために、余裕を咬ました感じの方が良いだろうと撮影中に思いつき、「寝地蔵」みたいにして余裕の表情の巨大ヒガリノを国際通りに寝転ばせた方がインパクトもあるし、「ウィルコム沖縄ってすげえ!」と思ってもらえるはずだと思い、ウィルコム沖縄の担当者に話したところ、「それが良い!」と理解してもらったのです。実際は国際通りに制服の女子高生が横たわっている看板というのは社長の決裁がとれるか不安でしたが、そこは担当者の熱意と信念で決済をもらってくれたのです。完成した看板を見て社長も大喜びしてくれたそうで、本当にいい看板だったと思います。
でここからは那覇市or沖縄県にもの申したいことがあるのです。現在、そのウィルコムの看板があった場所の横に大きな大阪のホストクラブの看板があるのです。僕はあれを見て愕然としました。ウィルコム沖縄の看板を作ったとき、ある意味これも地域の活性に繋がったんじゃないかと思っていました。国際通りと言えば沖縄に来た人は必ず一度は来る場所です。その中心の場所にある看板が「貸し」だらけでは街の元気が無く見えてしまいます。だからウィルコム沖縄の看板一つで本当に元気のある街に見えたし、色んな人が話題にしてくれました。それがです…気がついたら訳の分からないホストクラブの看板が登場したのです。僕は意味が分かりませんでした。沖縄は観光立県です。その中心にあの看板です。あの看板を見て良い気持ちに人がいないのはあからさまです。
僕はどうしても理解ができなかったので那覇市の観光協会にメールを送りました。簡単に言えばあんな酷い看板は条例か何かで撤去できないのか?という内容のメールです。返ってきたのは、気になっていますが、そういう条例はなく現状できません。ということでした。僕は思ったのですが、「条例というのは始めからあるものではありません。作る物なのです」。無いなら作れよ!
もう一つは看板屋にも言いたいことがあります。「あんなホストクラブの看板の依頼を断れよ」と、大した売り上げでもないのに、あの看板で上がる売り上げくらい他のところで頑張れよ!と思うのです。看板屋の少しの売り上げの為に、嫌な思いをしている人がどんだけいるか、考えたらあんな仕事受けれなかったはずです。
まあそれだけ苦しいということなのかな?そこの看板屋の事情もあるんでしょうけどね。
ということはこの看板の責任はやっぱり県にあると思います。沖縄には観光に関する予算が山ほどあるはずです。その中には訳のわからない消化のされかたも沢山あります。例えばその予算で、国際通り一帯の看板を借り、県内の頑張っている企業に無料で貸し出しをするくらいのことはして欲しいです。そうすれば県産品の看板も出せるし、街も元気に見える。看板の貸出料も県から出るので、看板やも潤う。
半年に一回、看板を出したい企業を募り、くじ引きで選べば公平です。
よし、このアイデアを持って県庁に行ってきます。
2010年12月10日金曜日
キャラクターの作り方。
沖縄美少女図鑑からは何人かタレントとしてデビューしている女の子がいるんです。現在46都道府県で発行されている美少女図鑑ですが、ダントツの人数です。しかも沖縄美少女図鑑出身の女の子はそれぞれ徐々に活躍の場を広げています。もちろん安室奈美恵クラスはいませんが着実に進んでいる女の子ばかりです。僕が担当した女の子は最近3人います。二階堂ふみちゃん、ヒガリノ、田崎アヤカちゃん。二階堂ふみちゃんは映画「ガマの油」でヒロインデビューして、CMにも多数出演、最近ではオダギリジョー主演のドラマ「熱海の捜査官」でも主要な役で活躍しました。ヒガリノは沖縄では誰もが知っている女の子で「ウィルコム沖縄」のCMで人気になった子です。今はウィルコム沖縄のCM以外にもNHKの「テストの花道」にレギュラーで出演したり、CDデビューを果たしたり、映画の出演が決まったりと徐々に仕事の幅を広げて行っています。田崎アヤカちゃんは現在雑誌「ハナチュー」の専属モデルとして活躍し、NHKオンラインのCMNHKオンラインに登場したり、最近ではベネッセの進研ゼミCMにも登場、話題を呼んでいます。
世の中には可愛い女の子やキレイな女の子は沢山るので、一番大事なのはキャラクターだと僕は思います。ただ嘘のキャラクターを作ると人を騙すことになるし、本人も楽しくなくて最終的には辛くなるのが落ちなので、そういうキャラクター作りは個人的にはしません。そこでどうやってキャラクターを作るのかというと…これはやっぱり秘密にしましょう。
でもこのやり方は今のところ成功しているように思います。3人の女の子には結構このやり方をやって他人から見たときのキャラクターが確立してきているので、仕事も決まってきているので、このやり方は結構いい線行っていると思います。まあこれからは本人次第というのが大きいですけどね。
このやり方話したいけどやっぱり情熱大陸に出たときかな?出れないけど、このやり方は女の子だけじゃなくて人でも物でも売り込むときには必ず流用できることだから、営業にも使えるし、まあ僕レベルの話なので大したことではないとは思いますけどね。
世の中には可愛い女の子やキレイな女の子は沢山るので、一番大事なのはキャラクターだと僕は思います。ただ嘘のキャラクターを作ると人を騙すことになるし、本人も楽しくなくて最終的には辛くなるのが落ちなので、そういうキャラクター作りは個人的にはしません。そこでどうやってキャラクターを作るのかというと…これはやっぱり秘密にしましょう。
でもこのやり方は今のところ成功しているように思います。3人の女の子には結構このやり方をやって他人から見たときのキャラクターが確立してきているので、仕事も決まってきているので、このやり方は結構いい線行っていると思います。まあこれからは本人次第というのが大きいですけどね。
このやり方話したいけどやっぱり情熱大陸に出たときかな?出れないけど、このやり方は女の子だけじゃなくて人でも物でも売り込むときには必ず流用できることだから、営業にも使えるし、まあ僕レベルの話なので大したことではないとは思いますけどね。
2010年12月9日木曜日
良い商品なのに売れません。
沖縄にはよくある話だと思うのですが、商品は自信があってもなかなか売れない。みたいな話を良く聞きます。例えば沖縄県の県産品などで、油みそであったり、シークワサーであったり何でも良いんですけど、じゃあ「これを売ろう!」としたときにありがちなのが「デザインを変える」という方法です。沖縄テクスファームのデザインは得意な方ですが、この考え方は個人的には反対です。デザインはどこまでいっても2番目か3番目に重要とされるものだと思っていますし、物が良ければデザインは後から付いてくると考えています。例えば酒豪○説というものがあって、あのデザインがオシャレかそうでないかと考えれば、オシャレでもないし、クォリティーが高いとも思いません。
もっとセンスいいデザインは直ぐにできると思います。でも酒豪○説はあのデザインを変える必要はないはずです。商品そのもので勝負ができるものはデザインの重要度は低くなると僕は思います。一番重要なのは、やっぱりどうやって消費者に接触させるかの仕組みが一番重要だと考えます。その仕組みを考えることに一番力を注ぐのが効果的だと思います。売れない商品のパッケージを変えることは、まさに上っ面で、商品に自信がないだけだと個人的に思います。とにかく重要なことは商品の持っている力と、その商品への接触方法、それは単に流通経路が大きいとかではなくて、実際に商品の魅力を「ダイレクトに良さを伝えることのできる人の人数をいかに増やせるか」だと思います。そこの部分がなく単に物流経路が大きいだけでは単に生産量が増えて売れなかったときに損害になるだけだと思うのです。「ダイレクトに良さを伝えることのできる人」から徐々に販路を広げて行けばデザインは後からついてくるはずです。酒豪○説でもデザインが優れている訳ではなくても、今となってはあのデザインじゃないと酒豪○説は成り立たない商品になったと思います。デザインは優れてないのに「効く」という事実が良さを伝えられる人から広がり、デザインとしては優れていないものが「効きそうなデザイン」に変化していったと僕は思います。
要するに僕の個人的な考えですが、例えば100点のデザインがあったとしても、0点のデザインが商品によっては100点以上の価値を生むこともありますし、逆に100点のデザインが0点の価値を生むこともあると、そもそもデザイン自体に点数をつけることは無理ですし、数学のように1+1=2というふうな確定した答えは
無いわけですからね。
意味不明の服をオダギリジョーが着たら個性的でオダギリジョーらしい服に変わるわけですから、例えがおかしいか?
もっとセンスいいデザインは直ぐにできると思います。でも酒豪○説はあのデザインを変える必要はないはずです。商品そのもので勝負ができるものはデザインの重要度は低くなると僕は思います。一番重要なのは、やっぱりどうやって消費者に接触させるかの仕組みが一番重要だと考えます。その仕組みを考えることに一番力を注ぐのが効果的だと思います。売れない商品のパッケージを変えることは、まさに上っ面で、商品に自信がないだけだと個人的に思います。とにかく重要なことは商品の持っている力と、その商品への接触方法、それは単に流通経路が大きいとかではなくて、実際に商品の魅力を「ダイレクトに良さを伝えることのできる人の人数をいかに増やせるか」だと思います。そこの部分がなく単に物流経路が大きいだけでは単に生産量が増えて売れなかったときに損害になるだけだと思うのです。「ダイレクトに良さを伝えることのできる人」から徐々に販路を広げて行けばデザインは後からついてくるはずです。酒豪○説でもデザインが優れている訳ではなくても、今となってはあのデザインじゃないと酒豪○説は成り立たない商品になったと思います。デザインは優れてないのに「効く」という事実が良さを伝えられる人から広がり、デザインとしては優れていないものが「効きそうなデザイン」に変化していったと僕は思います。
要するに僕の個人的な考えですが、例えば100点のデザインがあったとしても、0点のデザインが商品によっては100点以上の価値を生むこともありますし、逆に100点のデザインが0点の価値を生むこともあると、そもそもデザイン自体に点数をつけることは無理ですし、数学のように1+1=2というふうな確定した答えは
無いわけですからね。
意味不明の服をオダギリジョーが着たら個性的でオダギリジョーらしい服に変わるわけですから、例えがおかしいか?
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